リマインズ新聞より抜粋「コラム集」

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semスキン用のアイコン01 2017.11.29 @横浜F.A.D semスキン用のアイコン02

  

2017年 11月 29日

2017年11月29日。横浜F.A.Dにて、来てくれた皆さんありがとう。今年もたくさんお世話になりました、横浜F.A.Dにて、バンドスタイルでライブやるのは今日が今年最後になるっぽい。本当はもっとたくさん出たかったんだけど。すべては来年から始まる革命のざわざわ期間なので許してください。2018年は革命なので。1688年イギリス名誉革命、1789年フランス革命、2018年THEリマインズリリース革命、という感じで世界史のノートに。(俺ひとりで弾き語りは12/21にF.A.Dでやるよ。)

今日のライブは4マンで全バンド知り合い中の知り合いなので、ちょっと気持ちが油断中の油断です。ライブの話じゃないよ、ライブまでの道のりの話。今ライブハウスに向かう車内にて、後部座席に俺ひとり。いつもその日のライブのことを妄想しながら出向くのだけれど、今日はその出向き方に油断中の油断が見られます。後部座席も広くなったなあ。もうひとりメンバー乗せるぐらいの車の広さと懐の広さは余ってるんだけど。でも油断中の油断してるので、もう過去のことも忘れたし明日のことも考えれない。今しかないってのはこういうことなのかも。すごく楽しみな時、すごく楽しい出来事がある日、そんな日に過去や未来のことを考える人は少ない。過去や未来のことを考えてしまうのは、今が満たされていない時なのだ。

今日は久しぶりにやる曲が2曲あります。両方とも7〜8年前に書いた曲です。その時は俺の人生どうしようもなくて(ま、今もどうしようもないけど。)当時は今という瞬間が本当に満たされていなくて、早くこの生活を抜け出したいとかあの頃に戻りたいとかそんなことばかり考えていて、過去や未来に執拗な程依存していた時の曲。今聴くとこれはこれでぐっとくる。「今とても楽しくて満足してて最高に幸せで欲しいものなんて何もない」より、「どうしても満たされないうまくいかないもうダメだ死にそうだでも明日を諦めない」の方がぐっとくる。あくまでも俺にとっての話だけど、俺にとって音楽は癒しではなく救いの要素がでかい。聴き心地の良い音楽より、傷口に染み込んでヒリヒリズキズキする音楽の方がいい。

今日という一日がみんなにとって良い一日になりますように。そして今年一年横浜の皆さんお世話になりました。さっきも言ったけど、来年はリリース革命起こすので。なにそれ?って感じだと思うけど、そのままでオッケーです。来年はたくさんみんなに伝えたいことがありそう。来年は誰がなんと言おうとリマインズ節を炸裂させる。来年は、来年からは、来年こそは。本当は毎年思っているんだけど。でも、来年こそは。やっぱり未だに今に満足なんてしてない。毎日楽しく過ごしているけれど、心のど真ん中の穴には今日も清々しい風が吹き抜ける。「今しかない」けれど、過去を思い、未来に想いを馳せる。どうやら今も相も変わらず、あの時と一緒みたいだ。


~2017.11.29発行「リマインズ新聞」より~












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# by dreamingofyou | 2017-11-29 00:00 | 竹内

semスキン用のアイコン01 2017.11.26 @横浜B.B.STREET semスキン用のアイコン02

  

2017年 11月 26日

2017年11月26日。本日は横浜B.B.STREETにて、来てくれた皆さんありがとう。今日は訳あって俺ひとり電車で会場に向かってる。地下鉄の中で今日のライブに思いを馳せる。ツアーファイナル呼んでくれてありがとう。出会ってから今日まで、ずっとこんなにも仲良く付き合っていられてる仲間はそんなに多くない。

先日、久しぶりに会った同い年の友達に「彼女ができない、出会いがないから女の子紹介してくれ」と言われた。「竹内くんは出会いがたくさんあっていいね」と言われたが、そうなんだろうか、別にそんなに出会いないぞ、と思った。俺たちぐらいの歳になると、学生時代のようにクラスや学年が変われば新しい出会いがあった当時に比べ、今は確かに出会いは少ない。職場で転勤や人事異動が多ければ、新しい人に出会う事も多いかもしれないが、そうじゃなければ、合コンやナンパや友達の紹介ぐらいしか新しい人と出会えないよな、とは思った。女の子との出会いだけでなく、男との出会いもね。今乗ってる電車の中を見渡しても仲良くなれそうな人は1人もいないし、強引に話しかければ変質者扱いされるかもしれない。コンビニのレジでタバコの番号を伝えても、道で肩が当たってしまって謝っても、その場で一瞬話すだけで仲良くはなれないし。つまり普通に生活していれば新しい出会いなんてなかなか無い、ということだ。

しかし、俺たちバンドマンは毎月のように新しい出会いがある。下手したら毎週。ライブをやる度に初めての共演者と出会う。スタッフと出会う。お客さんと出会う。打ち上げで打ち解ければ連絡先も増える一方だ。バンドをやっていなかったら、こんなことはあるまい、確かに俺たちバンドマンは出会いが多いのかもしれない。無論、インターネットで繋がればもう友達、という感覚は俺には今のところ無いよ。

話は変わるが、「女の子紹介して」という話はとても不愉快になる。まあだいたい冗談話だからいいんだけど、それ本気で言ってるとしたら失礼極まりない。俺は女の子紹介業者じゃないし、そもそも紹介できる人なんていない。女の子の友達がいたとしても、友達を紹介するっていうのは、俺に大きな責任が伴うわけで。「女の子紹介して」なんて不躾な話をしてくるしょうもない男に、俺が知ってる女の子を紹介できるわけないし、だいたいそういうやつに限って「かわいい子」なんていうわけわからん条件指定してくる。勘弁してほしい。というか、この話はどうでもいい。

話は戻るが、出会いの話。ただ、出会いは多くても仲良くなるかどうかはまた別の話だし、それなりに仲良くなるのと、とても仲良いのもまた別の話。1日で友達殿堂入りすることがまずないのは、本当の友達というのには時間の共有が必要不可欠だからだ。

2012年6月1日。のちに友達殿堂入りすることになる人たちとの出会いがあった。その時に友達殿堂入りすることを誰が想像していただろうか。そして今日、ツアーファイナルを一緒に共有することを誰が想像していただろうか。


~2017.11.26発行「リマインズ新聞」より~












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# by dreamingofyou | 2017-11-26 00:00 | 竹内

semスキン用のアイコン01 2017.10.31 @横浜F.A.D semスキン用のアイコン02

  

2017年 10月 31日

10月31日。横浜FADにて。来てくれたみんな、ありがとう。こうやって今でも俺たちのこと応援してくれたり、好きでいてくれたり、理由は何でもいいけど近くに寄り添ってくれているあなたのこと、俺は本当に誇らしく思います。だからこそ俺たちはいったいどうやってみんなに寄り添っていけばいいのかと日々考えるけれど、それは俺たちの音楽でみんなの日常やみんなの未来やみんなの心に寄り添っていくしかないよな、なんて思いながら、この筆を執る10月31日午前3時。寝て起きたらライブ。まみこの企画。まみこさんTHE リマインズをイベントに呼んでくれてありがとう。俺はどうやってまみこさんに恩返しすればいいのか。メンバーなのに何言ってんの?とか言わないで。本気で思ってる。

前ドラムが抜けて早3ヶ月。これまでたくさんのドラムがTHE リマインズを支えてくれてる。本当にありがとう。毎回ドラムが違うとか、どうなの?とか言われたこともある。正式メンバーのドラムでライブが見たい、と言われたこともある。言ってることは分かるよ。それでも俺たちはライブをやってきたし、やっている。バンドやライブは「義務」じゃないから、いつだって辞めることはできるし。でもやってるし、やっていくし。そういう次元の話じゃない。まだまだこれからだよ、だなんて言ったら笑われるかな。

こんな夜にふと思うことがある。例えば休日に特に出かける予定もなく、寝たり起きたりダラダラ過ごしていて、ふと時計を見るともう17時になっている。もう夕方か。結局一日何もせずに日が暮れてしまった。ああ。時間が過ぎるのは早いなぁ、なんとなくもったいないことしたような気がする、なんて思うことがあるかもしれない。俺もたまにある。

それとは対照的に、仕事やらなんやらで忙しく日中を活動し、その仕事やらなんやらをやり遂げてふと時計を見ると、まだ17時だ。まだ夕方か。まだ日は暮れていない。なんだか得した気分だ。なんて思うこともあるかもしれない。俺もたまにある。

同じ「17時」でも感じ方が大きく違う。理由は言うまでもなく、それまでに何をしたか、ということ以外にない。それをもったいないと思うか、得したと思うか。「もう」なのか「まだ」なのか。

明日の話なのかもしれないし、来週の話なのかもしれない。はたまた、一年を通しての話なのかもしれないし、一生を通しての話なのかもしれない。俺の17時はいつなのか。あなたの17時はいつなのか。俺は今何をしてて、あなたは今何をしてる。これまで何をしてきて、これから何をしていく。もう終わってしまう17時でも、まだこれから始まる17時でも、そんなもんどっちでもいいよ、時間というものは人類みな共通で普遍的なものだ、それがあなたのアフターファイブを大きく左右するという肝心な事実を除いては。

いつもありがとう。心から感謝してます。感謝される筋合いなんて無いわ!なんて言うなよ。俺たちがバンドやれてるってことがそういうことだ。

ハハハ。なんてね。


~2017.10.31発行「リマインズ新聞」より~












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# by dreamingofyou | 2017-10-31 00:00 | 竹内

semスキン用のアイコン01 2017.10.7 @横須賀 かぼちゃ屋 semスキン用のアイコン02

  

2017年 10月 07日

2017年10月7日。横須賀かぼちゃ屋にて。今日も来てくれたみんなありがとう。俺は横須賀という街が100年前から好きだったので、こうしてまた憧れの地に来れて嬉しいです。今横須賀に向かう車内にて、今日はあまり天気が良くないから海でBBQもできないし、街でショッピングもできないけれど、ライブはしますね。

過ぎ去ったものが、「過去」。未だ来ていないものが、「未来」。現に存在するものが「現在」。すなわち現在以外は、過去も未来もすべて現に存在してないもの、というわけだ。ということは過去も未来も全てイメージの世界。今あるのは現在のみ。改めてそんなことを考える。横須賀のことを考えるといつもそんな過去と未来における時間軸みたいな妄想のような現実に向き合ってしまう。その理由は俺はなんとなくわかるけど、それは俺の中の秘密。

例えば過去に何かの分野でとてつもなく活躍した有名人がいたとして、今はもう活躍も人気も落ちぶれてしまったとして。その人が今俺の目の前に現れたとする。「この人今はもう何でもない人だ」、「この人は過去の人だ」なんてことは俺には思えず、「過去にあんなに活躍してたあの有名人の現在だ」、と思う。「今、目の前のこの人がまさにあの過去を持っている人だ」と。「現在が全てなのだから、過去のことはどうでもいい」ではなく、「過去を通り抜けて来たその現在が全てだ」という感覚。似ているようで全然違う。そもそも現在が全てだ、なんて言わずとも、現在が全てに決まってる。現在しか現に存在してないのだから。その現在には、ここにたどり着くまでの過去がちゃんと含まれているってことだ。含まれているっていうか、溶け込んでいる、という感じか。

歴史的な城とか寺院とかに訪れても同じ感覚になる。かつてあの武将やあの僧侶がここにいたのか、とか。歴史的な骨董品や楽器とかを見ても同じ感覚になる。かつてのあの時代やあの空気をくぐり抜けてきたのか、とか。歴史的な老人や海や空を見ても同じ感覚になる。かつてのあの戦争やあの世の中を体感してきたのか、とか。歴史的な横須賀の街やかぼちゃ屋を見ても同じ感覚になる。かつてあのアーティストやあのライブを見てきたのか、とか。

あえて「歴史的」なんて言葉を使ってみたけれど、1秒でも過去があれば産まれたての赤ん坊だって歴史的なものだ。ということは俺たちも俺たちの周りにあるものも全てが歴史的であり、その「過去」が溶け込んでいるのが「現在」なのだ。今あなたの目の前で起きていること、今あなたの目の前にあるもの、それが「現に存在する」全て、それだけだね。

横須賀に来るとなぜかそんなことばっかり考えちゃう。大好きな街だ。また来るね。今日もライブ見に来てくれてありがとう。

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# by dreamingofyou | 2017-10-07 00:00 | 竹内

semスキン用のアイコン01 2017.10.6 @高田馬場 club PHASE semスキン用のアイコン02

  

2017年 10月 06日

2017年10月6日、高田馬場CLUB PHASEにて、来てくれたみんなありがとう。今日はバンドでライブです。サポートはCATS EYEレンジュ、いつもありがとう。そして今日は新曲も2曲やるし、1年以上やってなかったあの曲もやる予定。楽しみだし、楽しみにしてて。

Aさんから伝言を受けたBさん、Bさんが俺にそれを伝えてくれようとするんだけれど、Bさん自身がAさんから言われたその内容をいまいち理解していなくて、俺にはさっぱり内容が伝わらない、ってことがあった。「どういうこと?」って聞いても「どういうことですかね?」って、そりゃ俺がわかるわけない。

それで思い出したんだけど、昔、学校とかで生徒の前で演説したり挨拶したりする先生や代表生徒で、事前に用意してきた原稿やカンペをそのまま棒読みするだけの人、そういう人の内容って全然入ってこなかった。何言ってるのかよくわからない。というか話がわかりづらい。まあ本人が用意した原稿なら本人が考えた内容なのかもしれないけれど、でも誰かに何かを伝えるなら話すその時にその場でその内容を、自分の気持ちのフィルターを通して言葉を発しないと、話って全然伝わらないし入ってこないよな、なんて思った。本人が理解してないとかもってのほか。理解してたとしてもその場で自分の気持ちのフィルターをくぐらせているかどうか。そしてそもそも相手に伝えようという意思があるのかどうか。だからと言って俺がそれができているのかと言えば全然できていないのかもしれないしわからないけれど、俺はその時に思ったことしか言わないし、あらかじめ言おうと考えていたことでもいざその場でそう思えなくなってしまったら言わない。生きていない言葉なんて、相手に伝えるためには何の意味も持たないと思うから。

俺はBさんからまた一つ大切なことを学んだ。Bさんがもし全校生徒の前で演説をするならば、きっとSiriみたいなしゃべり方をするんだろう。せっかく誰かに何かを伝えるならば、恋人や親友や家族に話す時みたいな、ちゃんと心から湧き出るあなたの生きた言葉が聞きたいのに。ちなみにBさんは「尾藤」さんではありません。(※尾藤さんってのはリマインズのベースです。)

あ、今日の話はバンドの話とかじゃないから。


~2017.10.6発行「リマインズ新聞」より~












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# by dreamingofyou | 2017-10-06 00:00 | 竹内